人間の嗜好は生まれつきのものなのか?
あるいは環境的要因によるものなのか?
例えば自分自身の意志で
「これは好きなもの」
と思っているものが、はたしてそれが本当に自分の意志によるものなのか?
この疑問は、「男女の好みのタイプ」・・・というのにも当てはまる(とお姐は思う)
前置きが長くなったが(笑)
最近、お姐をうならせた食べ物が
こちら
「????」と思われた方も多いと思うが
これは
「岩おこし」@大阪名物
である。
試しに代表(江戸ッ子)に食べさせたところ
「なんだコレ、固いな・・・。」
と一蹴された
(『岩』なんだから、固いに決まってるしぃ(*^0^*)←逆キレ
が、代表の反応とは裏腹に、
お姐は心が震えるほど、『ウマイ』と感じたのである(笑)
お姐が岩おこしを食べていたのは
おそらく年齢は一桁、関西在住時のことである。
当時子供だったお姐の反応はやはり
「あんだよぉ、固いなあ。もっとうまいおやつよこせ」(注:当時は関西弁のはず)
だったと思う(*^0^*)←こら!
人の記憶のメカニズムは面白い。
意識して思いだそうとしても、日付すら思い出せないことが、
例えば、偶然ある音楽を聴くことによって
その頃の自分が何をし、何を考えていたのかまで
リアルに思い出すことがある。
これは、いわゆるエピソード記憶の一種だと思うが、、
ある一定の条件下?においては、味覚にもこれは適用されるということが
証明された(笑)
簡単に言うと
年を取ると昔食べていたものの味覚(当時好きか嫌いかは関係なく)を
感知すると同時に、生きた年月分の思い出が凝縮され
無性に懐かしい=おいしく感じられるということだろう(自爆)
例えると・・・エスプレッソマシンみたいなかんじ?(*^0^*)←ややこしいっ
あ 岩おこしの名誉のために言っておくが、
岩おこしは、固いし、心をが震えるほどではないだろうが(笑)フツーにウマイ(*^0^*)/
補足*浅草名物の雷おこし、、とは似ていて異なるものである。
大袋に入っていた『岩おこし』は
あっと言う間に少なくなり、
とうとう最後の1個になった。
人も味覚もそう簡単に変わるものではない。
が 人の心は年を重ねるごとに成長していくものだ・・・と信じたい。
だれか、お姐に・・・・
「岩おこし、おかわりっ!」(*^0^*)/←成長していない
DNAの記憶?・・・の巻
投稿日: